riri_kawaseの世界。

明日もあなたが幸せでありますように・・・。

・・・片寄った場所にいたアタシ。/アタシの国のつづき。

小学生だった私がお父さんと北の方の研究室に旅行にきてから何日か経っていた。


相変わらず外は雪が降っていて、とんでもなく寒い。


気がつくと、私とお父さん以外にも人が泊まりにきていた。


みんな若い女性だった。


そしてその人たちはみんなそこに絵を描く為に集まってきていた。


絵画教室(研究所)ではない。


もっと極端に片寄った人たちの集まり。


みんな水彩画を描きにきていた。


誰も人は描かない。


みんなが同じ教室に集まって、真剣に画用紙に風景画や動物を描いていた。


しかも一日中。


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(私の描いたパンダさん。)


名古屋生まれの異端児と言っていた『のぞむ君(当時二十歳の女性)』は『田舎には帰れない。ここがボクの死に場所さ』とか言って、すごいスピードで一日に何枚もとんでもない迫力の風景画を描いていた。


基本的に裸足でペタペタ歩きまわるチマさんは沖縄出身の19歳で『酔いどれクイーン』と呼ばれていた。


彼女の使う机の上にはお酒の空き瓶がいつも散乱していたし、夕方になるとフツーに日本酒とか呑みながら描いていた。


『何度も救急車で運ばれたから、あっち側の一歩手前で立ち止まれるようになった^^』とか嬉しそうに言っていた。


たぶん、チマさんとかフツーにアル中だった。笑


他にも一日中何かを食べながら描いてるマッチョマニアのお姉さんとか、40歳で家庭を捨ててきた元主婦のゆずおばさんとか、個性的な人ばかりだった。


当時はわからなかったけど、そこは世間的には”会社“と言われる場所だったのだと思う。


でも、当時はわかんなくて、私はそこで遊んでいた。


描いていたのではなくて、話していた。


筆を握って話していた。


“プロ”と言われる人たちと一緒に過ごしたその時間は私にとってとても貴重な時間だった。


感覚が病気みたいに鋭かった。


絵を見たら誰が描いた絵かわかった。


絵を見れば相手の体調の変化に気がついた。


その人が疲れていると、青空が濁って見えた。


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同じ絵の具を同じように使っているのに何故かわかった。


そして自分の絵が他の人たちとあきらかに違うことにその頃、初めて気がついた。


勿論、小学生。


技術なんてなかった。


でも、私の描いた風景画は、どれも生々しかった。


どれも血生臭い感じがした。


度ぎついな、と思った。


他の人たちの絵は優しい感じがした。


穏やかな感じ。


女性的な柔らかさ。


私にはそれがまったくなかった。


力自慢の度ぎつい絵。


ブサイク。


そんなふうに思ったけれど、周りからの評判はメチャクチャ良かった。


意味不明なくらい褒められた。


みんな私がお父さんの娘だからお世辞を言っているんだと思った。


・・・。


そこは、よくわかんないけど、出入りの激しい場所だった。


よく廊下で一人、泣いていたお姉さんがいなくなったと思ったら、また、別のお姉さんがきて描きはじめていた。


みんな必死だった。


命懸けて絵を描いていた。


夜も昼も関係なくて、昼間とかに机の下に寝袋を使って眠っている人がいた。


明け方に大きな声で歌いながら描いている人もいた。


机の上を見ると空き瓶やら錠剤やら煙草の吸殻などが散乱していた。


みんなが寿命を削ってまで描いた風景画は、私の知らない遠い場所で、いろんな人に話しかけているみたいだった・・・。


つづく。





最後まで読んでくださり、ありがとうございましたm(__)m。


またね^^